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【ダイソー】矢野博丈社長を成功に導いたネガティブすぎる経営哲学

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豆腐屋の二代目である父親が廃業し苦労した経験から、事業を継続することの難しさを実感。 会計事務所・M&A専門会社(東証1部上場)を経て、「社長勇退ドットコム」管理人を務める。「答えは、社長の心の中にある」がモットーで、社長の”おもい”に耳を傾け、会社の”成長”と”発展”のため、勇退のサポートに真摯に取り組んでいる。 ☞ 詳しくはこちらから

  • 私のせいかもしれない。
  • どうしていつも私ばっかり…。
  • あのとき、ああしとけば良かった。

気にしなくていいことをくよくよと悩んだり、わざわざ自分を追い込むような考えをしてしまうことってありますよね。かくいう筆者も、ネガティブな一面を持ち合わせていたりもします。

 

 

とかく、ビジネスではマイナスに働きそうなネガティブ思考。こんなネガティブ思考を持ち合わせながらも、この思考を上手に活かして成功を収めた起業家がいます。みなさんご存知、大創産業(100SHOPダイソー)創業者 矢野博丈社長です。

百円の男 ダイソー矢野博丈

1972年に矢野商店を創業し、1987年には「100円SHOPダイソー」の店舗展開を開始した大創産業。今や、国内に約3,300店舗・日本国外の26の国・地域に約2,000店舗を展開し、年間売上4,200億円を叩き出すまでにいたっています(2017年3月現在)。単純計算してみると、100円の商品を42億個も…

42億!!」Dirty Work Blouson Chiemi Remix

ブルゾンち〇みも、ビックリの数字です (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

2018年のアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー(EOY Japan)で日本代表にも選ばれた矢野博丈社長。実は、今までに転職9回、夜逃げ1回、火事1の黒歴史があります。かなりの人生経験をお積みになっているように思われます。

さて今回は、100円ショップ最大手のダイソーを展開する矢野博丈社長について、探っていきたいと思います。

この記事は、こんな人におすすめです!
  • ネガティブ思考が止まらない人
  • 矢野博丈社長の壮絶な人生に興味がある人
  • 革新的なニュービジネスを生み出したいアントレプレナー

💯 逆境をバネにしたネガティブ社長 ダイソー矢野博丈とは

矢野博丈社長といえば、極めてネガティブな人物として有名です。夜逃げや家事などの過去の経緯を見ていくと、ネガティブになるのは致し方ないのかもしれませんね。ちなみに、社長の口癖は「ダイソーは、いつか潰れる」だそうです。このネガティブっぷりは、ネット住民の間でも、ちょこちょこと話題にあがるほど…。φ(..〃)カキカキ.

しかも、スゴいのは社員に対しても堂々とネガティブ発言を連発しているところです。社員からすると、ちょっと心配になっちゃいますよね。そんな社長についたあだ名が、「不幸という服が体に張りついた億万長者」

不幸なエピソードは山ほどありますが、その中から不幸を糧にした3つのエピソードを厳選して、ご紹介させていただきます。

❶ 9回も転職をしたダイソー矢野博丈の不屈のボクサー魂

矢野博丈社長は、中央大学理工学部を卒業後、妻の実家の広島でハマチの養殖業を手がけていました。しかし、3年で事業に行き詰まり、兄から借りた多額の借金を抱え、妻子を連れて夜逃げ。東京に出ると、ちり紙交換や百科事典のセールスマンなど、職を転々としていました。残念ながら、どれもうまくいかず9回も転職しています。

1970年代初め、義兄のボウリング場を手伝うため広島に戻り、夫婦で始めた副業が移動販売の雑貨商・矢野商店でした。そこでうまく軌道に乗せたと思いきや、商品の保管倉庫が火事になり自宅も半焼。さらにこの時、矢野博丈社長は警察からは保険金目当ての犯人として疑われてしまいます。被害者なのに疑われるなんて、なんだかやるせないですよね。

生活にも困り果ててながらも、直向きに邁進した矢野社長。学生時代にボクシングをしていたおかげで、打たれ強くなっていたのかもしれません (その実力は、1964年東京オリンピック・バンタム級の強化選手に選ばれるほどᕦ(ò_óˇ)ᕤ“)。

矢野博丈社長が、あきらめずに広島市内のスーパーに移動店舗のコーナーを持たせてくれと頼んだことが、今日のダイソーへとつながっています。

❷ 計算が面倒だから100円均一にしたダイソー矢野博丈の算段

トラックの移動販売からスタートしたダイソー。移動販売とは、いわゆる「バッタ屋」と呼ばれるもので、倒産した会社や資金繰りが苦しくなった会社の在庫品を格安で買い取り、安値で売るという商売でした。

あるとき、「これ、なんぼ?」と聞かれた際に、値札が見つからず、思わず口に出たのが、100円でええ」という一言です。この一言が、後のダイソーの運命を決定づけることになります。この出来事を機に、値札の貼り換えや会計の手間を省くために、すべて100円という値段設定にしました。

大成功した画期的なビジネスモデルは、綿密に計算して生み出されたのではなく、単なる手抜きから生まれていたのです。「100円均一」誕生のきっかけが、”偶然の産物”というのは驚きですね Σ(゚Д゚)スゲェ!!

お客さまの中には「安物買いの銭失い」と言う方もいたそうです。それが悔しかった矢野博丈社長は、原価を無視して商品の質をドンドンと上げていきました。これが、他社との差別化につながりました。「ダイソーの商品はモノが違う」と言わしめたのです。

そんなお客さまの笑顔が、今日の魅力的な新商品の開発のモチベーションにつながっています。ちなみに、ダイソーが取り扱う雑貨の90%は自社開発商品となっています。これは、スゴいことです Σ(゚∀゚ノ)ノ ヒョエー;

❸ お得意さまから追い出されたダイソー次なる一手

闘う商人 中内功――ダイエーは何を目指したのか

移動販売は、催事場が命です。ある時、もっとも多くの商品を卸していたスーパーマーケットから「催事場が汚くなるから、100円均一の催事は中止する」と言われてしまいます。当時、絶頂期のダイエー中内功オーナーからの申し出です。断れるはずもありません。

ダイエーに6割の商品を卸していたダイソーは大慌て。矢野博丈社長は、「どうしたら会社が潰れなくて済むか」必死に模索します。出した答えが、ダイエーのお客さまが立ち寄りそうなところに常設店を設けるという秘策でした。この秘策が大当たり。

大創産業は、1987年に「100円SHOPダイソー」の展開に着手し、1991年には最初の直営店を高松市に出店、チェーン展開を本格化させていきました。バブルが弾け、長期不況に突入した1990年代後半から急速に売上を伸ばした100円ショップ。同業他社の参入も相次ぎ、業界が活性化します。ダイソーの店舗網も全国へと広がり、新しい業態として認知されていったのです。

ネガティブワードを連発する矢野博丈社長ですが、逆境に陥ったときの見事な対応には目を見張るものがあります!!

💯 ダイソーを次なるステージへと押し上げる4つの成長シナリオ

「ダイソーはつぶれる。そうしないためにも、みなさん一緒にがんばりましょう!!

襲い掛かる逆境を次々と乗り越えてきた矢野博丈社長。実は、長期的な経営計画を作ったことがないそうです。その理由は、やがて潰れるような底の浅い商売、計画書なんて作るだけ無駄と割り切っているからです。ツッコミどころ満載の発言ですが、本当だとしたら驚きですよね。

  • 「お客さまのことはようわからん」
  • 「パソコンはできんから、分析はしない」
  • 「店舗レイアウトは社員が勝手にやっとります」

などの発言から推測すると、本当なんでしょうかね? 率直な言いっぷりが、次第に心地よくなってきます。単に危機感をあおっているのではなく、おそらく必死なんでしょうね。日頃これらの発言を聞いている社員は、「私が何とかしないと…。」と奮起させられるのだと思います。その証拠に、「百円の男 ダイソー矢野博丈」の登場する社員はみな、自主性のある従業員ばかりです。

百円の男 ダイソー矢野博丈

適度な緊張感信じて任せる体制が、ダイソーをここまで大きく創り上げている気がします。積極的な成長戦略を打ち出す大創産業ですが、筆者が気になる4つの動向を取り上げてみました。

❶ M&A(Mergers and Acquisitions)

2015年10月27日、大創産業は中部商会を買収しました。静岡県内を中心に「オレンジ」という100円ショップを54店舗する年商50億円の会社です。

じつは静岡という土地は、ダイソーのようなフランチャイズ企業が進出しにくい場所だった。商工会議所が土地の小売業を守るために、巨大施設の進出に対して、様々な規制をかけているのだ。(参照:「百円の男 ダイソー矢野博丈」)

静岡での勢力拡大のために、オレンジの買収を画策するダイソー。たまたま広報スタッフのひとりが中部商会の社長秘書をよく知っており、トントン拍子にM&Aの話が進んだそうです。中部商会の社長も、高齢のためそろそろ幕引きを考えていたタイミングでした。「百円の男」には、この水面下のやり取りも書いてあります。

M&Aについて、矢野博丈社長からの発信ではなく、一人のエリアマネージャーの与太話から始まっているのが、ダイソーらしいと言えますね。買収した店舗は、まだ大半が「オレンジ」という屋号のまま。ダイソーに切り替えた一部の店舗では、売上が1.5倍から2倍に伸びているとのこと。百均ビジネス、まだまだ伸びしろがありそうです。

❷ IPO(Initial Public Offering)

もしかしたら、驚かれる方がいるかもしれませんが、実は大創産業は非上場会社です。上場していないので、私たちは大創産業の株式を購入することはできません。「大企業=上場企業」というイメージがあるかもしれませんが、大創産業はどデカい同族企業なのです。ではなぜ、ダイソーは上場しないのでしょうか?

単純に、上場する意味がないのかもしれません。確かに、株式市場に上場すれば、市場から資金調達できるメリットがありますが、一方で、多くの株主いると、チャレンジングな戦略が立てづらくなるというデメリットもあります。

実は大創産業、上場のための準備をしていた時期があります。しかし、上場予定日の2か月前にキャンセル。矢野博丈社長が、投資家の目を気にするあまり、短期的な目線でしか経営できなくなるのを懸念したからです。この決断、なかなかできるものではありません。

ちなみに、100円ショップで上場している会社は、セリア、キャンドゥ、ワッツの3社です。いずれも、IT化に積極的で、主力購買層である女性に特化した会社ばかりです。

  • セリア  (2017年  3月期: 1,453億円)
  • キャンドゥ(2016年11月期:  680億円)
  • ワッツ  (2016年 8月期:  461億円)

しかしながら、この3社の売上を合計しても、ダイソーの年間売上4,200億円には敵いません。完全なる「一人勝ち」状態ですね。

業界トップに君臨し、業界をけん引し続けるダイソー。2017年11月には「上場を考えている」という矢野博丈さんの発言がニュースにもなりました(日経ビジネス)。条件は整っているはずですから、いざ上場するとなれば、大きな話題となること間違いありません。

❸ NB(New Business)

2018年3月、300円ショップの市場にダイソーが乗り出しました。店舗名はTHREEPPY  300 and Happy(スリーピー)」

「300円であなたを“夢見心地な世界”へ連れていくプチプライス雑貨店」

というキャッチフレーズです。

「100円ショップの豪華版」というイメージがあった300円ショップですが、最近では雑貨店として、若い女性から人気となっています。300円ショップは、100円ショップと違い、利益率の低い食品の割合は多くありません。チラシを大量に配布するスーパーとも一味違います。値引き販売を行わず、300円という定価販売のため販売効率は高い商売です。

ちなみに、主な300円ショップはこんなかんじです。

  • 3COINES(スリーコインズ)(全国185店)
  • ミカヅキモモコ(全国72店)
  • CouCou(クゥクゥ)(全国36店)

300円ショップは、100円ショップとの差別化を図りながら、今後も増え続ける気配を見せています。100円ショップの王者ダイソーの新業態へのチャレンジ。期待しないわけにはいかないですね (ง⁎˃ ᵕ ˂ )ง⁾⁾

❹ CI(Corporate Identity)

2019年3月5日、大創産業は企業のロゴを刷新すると発表しました。ホームページは新しいロゴを使用したものにリニューアル。ピンクを基調としたロゴに変え、女性客の取り込みを意識しているように感じます。

同業の100円ショップを追随を見て、矢野博丈社長はすべての面で負けていると感じたそうです。「このままではいけない」と、商品のテイストを大きく変え、見せ方も工夫し始めました。今回のCIの変更も、その一環です。

ちなみに、新スローガンは「だんぜん!ダイソー」

「商品を手に取っていただいたお客様に、想像を超える驚きと楽しさを提供することを宣言し、いつでも「だんぜん!ダイソー」と言っていただけるように、商品開発、快適な店舗空間、サービス向上に取り組みます。」

と力強く宣言しています。完全に、女性目線を意識し始めたダイソー。同業にとっては、脅威でしかありません!!

💯 前言撤回し親族を後継者に据えたダイソー矢野博丈の心境

百円の男 ダイソー矢野博丈

「ダイソー」を展開する100円ショップ最大手の大創産業(広島県東広島市)は1日付で創業者の矢野博丈社長(74)が代表権のない会長に就いた。後任の社長には博丈氏の次男の靖二副社長(46)が昇格した。社長交代は1977年の創業以来初めて。トップの若返りが狙いで、株式の上場を見据えて企業統治の強化も進める。日本経済新聞

約40年ぶりに若返りをはかった大創産業ですが、そもそも博丈元社長、息子に会社を継がせる気はなかったそうです。事実、長男の寿一さんは、地元の進学校、長崎大学医学部を卒業して、さっさと医業の道に進んでいます。

ではなぜ、次男の靖二さんに会社を託そうと考えたのでしょうか。それは、二人の小売チェーンの経営者の事業承継が影響を与えています。

❶ 後継者の育成に悩む大先輩を見習って息子を自社へ

ニトリ 成功の5原則ユニクロ潜入一年 (文春e-book)

実は、親交のあるニトリホールディングスの似鳥昭雄会長ファーストリテイリングの柳井正社長兼会長も後継者育成に悩んでいました。その二人ともが、「親族に会社は継がせない」と宣言しながらも、それぞれの会社にお子さまを入社させていたのです。大先輩が前言撤回してるのだったら、「まずは息子を会社に入れてみるのも、ありなのかもな」と持論を考えなおしたのです。

❷ ダイソー二代目に就任した矢野靖二とは

2015年4月、大創産業の一般職として入社した次男の靖二さん。20年間勤めたイズミ(本社所在地:広島県広島市)からの転身になります。博丈さんは、社員からの反発も覚悟していました。が、当初の心配は全くの杞憂に終わりました。学生の頃からダイソーで働いていた靖二さんは、古くからの社員とも顔見知りで、社員から見れば苦楽を共にした同志という感覚だったのです。

そんな靖二さん、入社するなり、「こんな古いITシステムを使ってたらダメだ」と言い放ちます。この発言からは、ネガティブな要素は感じられません。コンピュータや最新テクノロジーに弱かった博丈さんは、そんな我が子を見て、とても頼もしく感じたそうです。と同時に、息子をここまで育ててくれたイズミに対して、感謝の気持ちがあふれたと言います。

2018年3月、博丈さんは自分の代わりをできると判断し、息子に社長を任せる決断をしました。大創産業は、2019年までに数十億円かけて全システムを刷新。「自分だったら、もったいなくて判断できなかったに違いない」と語ってます。

様々な成長戦略を打ち出し、絶対王者でありながらも、チャレンジを続ける大創産業。フレッシュな創業家を迎え、まさに盤石な体制を整えつつあります。逆境をバネにする父親の遺伝子、創業家の持つ大胆な決断力お得意のIT活用で、お客さまを笑顔にするダイソー姿が目に浮かびます。今後の矢野靖二新社長の動向から、目が離せません!!

✎ まとめ

ネガティブ上等、社員とリスクを共有しろ!!

苦手なことは、得意な人に任せるべし!!

“感謝の心”と“謙虚な気持ち”を忘れるな!!

💬 筆者のひとりごと

ダイソー創業者の矢野博丈という名前、実は本名ではありません。本名は、栗原五郎。名前からお察しのとおり、男5人女3人の末っ子、栗原家の五男坊だから五郎。そのまんまですね。商売をやるにあたって、なめられてはいけないという理由で、結婚を機に名字・名前ともに改名しています。なかなかの覚悟ですよね。

社名も「会社の規模はまだまだ小さいけど、名前だけは大きなものにしよう」という意気込みから、「大きく創る」を「大創」としました。博丈さんが生み出した大創産業、どこまで大きくなるか楽しみですね。

続けて、こちらのコンテンツもご覧ください。”自分の魅せ方”がわかるかもです (๑˃̵ᴗ˂̵)و テヘペロ

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